ジオテクサービスの創業当時の社内風景
創業12年目(1988年-昭和63年)ジオテクサービス発足時の社内風景−新潟市学校町の興和ビルの2階に間借り
ジオテク社史 更新日:2021/03/21 ▼末尾へ

ジオテクサービスの会社の歴史

ジオテクサービスの扱う製品やサービスは、会社のこれまでの歴史に密接に絡んでいます。

計画的に事業を進めたというより、その時々の必要に迫られて取り組んだ仕事が続いているといった形です。既に撤退した事業も含め、会社の歴史をたどります。

沿革

創業

当社は、1976年(昭和51年)1月31日、当時の興和地下建設株式会社(現在:株式会社興和)の消雪ノズル販売部門が「消雪サービス株式会社」として独立しました。   雪の資料を見る

同年7月には新潟県知事許可(土木、管、さく井)を取得し建設業のスタートも切りましたが、営業の主体は消雪用の散水ノズルの販売で、販売先も、親会社の興和が大きな割合を占めていました。

ただ、当時は、新潟県を中心に地下水散水消雪−いわゆる消雪パイプが普及し始めた時代で、消雪ノズルの需要も一定量ありましたので、社員2名で、堅実な運営をしていました。

昭和51年ころの消雪パイプによる道路散水風景      消雪サービス株式会社の最初の消雪ノズルのパンフレット
昭和51年ころの消雪パイプの散水風景      消雪ノズルの初期のパンフレット
成長

5年後の1981年(昭和56年)には、昭和56年豪雪が発生。続けて昭和58年、59年も豪雪で、消雪パイプの需要が高まり、消雪ノズルの販売は急増しました。一方で、当時の興和地下建設-現在の葛サ和-の民間向け窓口との機能を担うため、消雪ノズル以外の事業に取り組むことになりました。

手始めに、当時の興和地下建設鰍ナ開発された「空洞探査車」や「井戸カメラ車」の運用サービスを始めました。正規の社員は1名だけで、親会社の水工部の一角に机だけを間借りする形でした。ノズル販売以外の現場作業を伴う仕事は、葛サ和のからの応援でこなしていました。

創業11年目の1987年当時、葛サ和で開発された、1軸型の埋設型傾斜計の販売や設置工事に「消雪サービス」が関わる機会がありました。その後、傾斜計は2019年(令和1年)の販売終了まで32年間ジオテクの主力製品となりました。

従来の消雪ノズルの販売に加えて、地盤計測の仕事が徐々に増える中、12年後の1988年(昭和63年)6月に、事業の多角化を目指して、社名を「ジオテクサービス株式会社」に変更しました。社員は、葛サ和からの出向と新規採用で6名。「消雪パイプブロック」の販売も始まりました。

以後、地盤計測の仕事は増加し、ジオテクサービスに変ってから5年後の1995年(平成7年)には台湾の梨山地すべり地でモニタリング機器設置や技術指導を実施。土石流警報機の設置が増えたのもこのころからです。

土石流のイメージ(このころ土石流警報機の設置業務が増加)
土石流のイメージ(このころ土石流警報機の設置業務も増加)

21年目の1997年(平成9年)に現在の新潟市中央区鳥屋野の社屋に移転し業績も拡大。翌1998年(平成10年)には建設コンサルタント登録を行い地質調査業に参入。興和の調査部の支援を受け、地質調査や土質調査の仕事にも手を広げました。

創業25年目の2001年には、社員も14名を越え、業績も年商4億円のピークを迎えました。

縮小

しかし、この翌年から、公共事業の縮小とともに、地質調査関連の受注は急速に落ち込み始めました。2年後の2003年(平成15年)、新たに就任した、南雲社長の元、ジオテクサービスの原点に立ち返るべく、会社規模を半分の社員6人まで縮小。建設コンサルタント登録も抹消。計測機器の設置・販売と消雪機材の販売に特化しました。

ところが翌2004年(平成16年)の夏に新潟県中越地方で集中豪雨が発生、秋には「新潟県中越地震」も発生。立て続けの土砂災害で、地すべり計測業務が増え、会社の業績は急回復。2年間は少人数で多忙な日々が続きました。

2004年10月23日 新潟県中越地震の寺野地区地すべりと土砂ダム
2004年の新潟県中越地震の寺野地区地すべりと土砂ダム

その後は、災害の反動で再び業績は低迷。2006年(平成18年)には46歳の佐藤社長に交代するも、縮小路線は続く。2年後の2008年(平成20年)には、会社設立32年目にして初の赤字決算に転落。

昔から「会社の寿命は30年」という説がありましたが、が、当社もこの法則に見事に当てはまりました。ちなみに、東京商工リサーチの調査だと2017年に倒産した企業の平均寿命は23.5歳だったそうです。

再起

2008年は受注が少なく、会社としては減収・減益でしたが、事業立て直しのための試行錯誤をする時間的な余裕はありました。

まず、ホームページの全面改定。持てる技術や製品・サービスを詳細に掲載しました。また、今まで自分たちの現場で使っていた機材を、一般向けに「製品化」しました。

特に、それまでの、地すべりの観測用の現場貯め置き式の「半自動計測ロガー」を、携帯通信で結びWeb上で自動配信する仕組み-後の「クラウド」に取り組みました。

それ以外にも、消雪ノズル販売時代からの、金属加工技術も生かし、沈下板や沈下棒などの土木資材の製品化し、宅急便で配送する、ネット販売も開始しました。

      ネット販売を始めた2008年ころの営業地域

これらの、ハード、ソフトの取り組みが功を奏し、新しい顧客も増え、翌2009年には黒字転換。その年に開発したのが、携帯FOMAの通信装置「パケットアダプタGS-1212」です。ソーラ駆動の省電が特徴で、その後800台ほど設置され、当社の防災モニタリングシステムの拡大に寄与しました。

携帯FOMAパケット通信機-パケットアダプタGS-1212
FOMAパケット・アダプタGS-1212(写真右側)の遠隔監視盤

その後8年間は、ベテラン社員のノウハウを生かした新製品の開発も進み、創業40周年にあたる2016年、会社の業績は再びピークを迎えました。

しかし、ここで新たな問題が発生。これまで、経費削減で新規採用も抑制気味であったため、社員8人の平均年齢が、50歳に近づいてしまいました。「このままでは、10年後に会社は消える」、危機感が共有されました。

未来

創業40周年を迎えた2016年以降、事業の継承と発展のため、若手人材の採用に注力しました。

中途採用に絞り、年1名を目標にしました。一時的な人件費の増加で利益率は下がりましたが、結果、優秀な人材が集まり、各々がこれまでの人生で培った社会経験と技術が生かされ、新たな製品、サービス、顧客を生み出す原動力となりました。

これまでの10年間は、土木分野に、電気通信やインターネット技術も積極的に導入し、工事現場に特化したITサービス産業を目指してきました。しかし、ここに来て、新たな動きが出ました。

当社の創業時から続く「井戸と消融雪機材の販売・サービス」。これらの仕事は、IoTのように急速に伸びるものではありませんが、今後も、数10年、数100年の長い時間スケールで続く仕事です

井戸の取水用KVSストレーナのVスロット・スクリーン
井戸取水用KVSストレーナの外周Vスロット・スクリーン部材

2020年春。44年前の創業以来のテーマである、井戸と地下水の分野に、再び注力すべく、井戸の高性能集水管であるKVSストレーナーの製造・販売事業を始めました。

さらに、2021年3月には、KVSストレーナの製造・販売拠点として、新潟県阿賀野市に「機材センター」の建設を始めました。ここでは、当面、KVSストレーナ以外に、建設現場向けの金属製品加工も行い、将来はジオテクの技術開発センターへ発展させる予定です

 

新事業の成果が出るのは数年先ですが、今後も、ハードとソフト、ローテクとハイテク、アナログとデジタル。相反する技術を、うまくまとめて、現場のニーズに答えていく予定です。

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会社の年表

45年の主な出来事を綴るWeb版の社史です。

 
ジオテクの年表
西暦 イメージ トピックス 世の中の出来事
創業
1976年
昭和51年
消雪サービスの設立記事、早川末吉 1月 消雪サービス株式会社設立  資本金500万円
新潟市川岸町3丁目17番地
  代表取締役 早川 末吉
消雪ノズル」製造販売  ・消雪井戸の診断・補修[A.H]
ロッキード事件
04年目
1980年
昭和55年
初期の現場製作の消パイブロック 消雪パイプブロック実用新案登録。 上越新幹線試運転
05年目
1981年
昭和56年
空洞探査の1号機 グループ会社「興和ライニング株式会社」設立
葛サ和で路面空洞探査開発(後にジオテクサービスで担当)。
56年豪雪
07年目
1983年
昭和58年
ノズルの試作品の数々 豪雪続きで消雪パイプが増え、消雪ノズル販売本格化 58年豪雪
59年も豪雪
09年目
1985年
昭和60年
地盤計測開始ころのパンフレット 葛サ和で大型井戸カメラ購入(後にジオテクサービスで運用)。 関越自動車道が開通
10年目
1986年
昭和61年
学校町にあった興和ビル 葛サ和が本社移転:新潟市学校町通2番町5295番地
消雪サービスは、葛サ和の水工部内に机1つで営業。
現場作業時は興和の応援頼み。
旧ソ連のチェルノブイリ原発事故
11年目
1987年
昭和62年
埋設型傾斜計の最初の形 葛サ和で埋設型傾斜計(GIC-45S型)の開発される。
傾斜計の販売・設置に消雪サービス関与。
国鉄分割民営化
JR誕生
12年目
1988年
昭和63年
池田 朗 代表取締役 池田朗 代表取締役就任  興和ビル内,社員6名。[O.Y][O.K]
6月1日 ジオテクサービス株式会社に社名変更 [Y. ]
消雪パイプブロック販売開始, 地すべり自動観測システム設置開始
北陸自動車道が全通
13年目
1989年
平成元年
Gソイルの吹き付け 法面緑化基盤材「Gソイル」の販売開始。
傾斜計の販売・設置工事を中心に地盤計測分野の業務拡大
中国・天安門事件
ベルリンの壁崩壊
14年目
1990年
平成2年
カード型ロガー製品 データロガーNTRシリーズの販売開始。[I.T]
  NTR-02,NTR-04,NTR-24など
軟弱地盤の動態観測システムを設置(福島潟)
ソ連初代大統領にゴルバチョフ氏就任
15年目
1991年
平成3年
地すべりのモニタリングのパンフレット 地すべり自動観測システムの設置増加
(蓬平、惣領他)
湾岸戦争勃発
雲仙普賢岳が噴火
16年目
1992年
平成4年
バブル崩壊後の不況
17年目
1993年
平成5年
最初の井戸カメラ 従来のデータロガーに時計機能搭載したTシリーズ開発。  NTR-04T,NTR-24T[K.S] 7月北海道南西沖地震で奥尻島津波
Jリーグ発足
18年目
1994年
平成6年
最初の井戸カメラ 井戸カメラ点検サービス増加
気象観測システム設置工事への取組(吉川他)[M.M]
製造物責任法
(PL法)公布
19年目
1995年
平成7年
台湾の中華風の観測小屋 資本金を1千万円に増資
台湾の梨山地すべり地で観測機器設置
φ14mmの細型水位計GWLを販売開始
1月17日阪神・淡路大震災発生
地下鉄サリン事件
20年目
1996年
平成8年
土石流のイメージ写真 砂防工事の安全管理システム設置(七ツ釜)。
2軸傾斜計の販売開始。[I.T]
2月10日豊浜トンネル崩落
12月6日姫川 蒲原沢土石流
21年目
1997年
平成9年
ジオテクサービスの新社屋 本社移転
新潟市鳥屋野4丁目7番22号
土石流警報装置の設置(小平沢 他)[S.T][K.S]
磐越自動車道開通
長野新幹線が開業
22年目
1998年
平成10年
桑原 剛 代表取締役 桑原剛 代表取締役就任
無線土石流警報システムの開発
建設コンサルタント登録(地質)[T.Y][M.Y]
長野冬季オリンピック
23年目
1999年
平成11年
地震計のイメージ 砂防ダムへの地震計設置工事
ジオテクサービスのホームページ開設
舗装路面下の空洞探査業務終了。
上信越道が全線開通
24年目
2000年
平成12年
土石流警報機の設置 土石流警報機器の設置工事増加。
土砂災害警報用の「2CH警報ユニット」開発。[A.S]
法面基盤材「Gソイル」販売終了。[M.H][S.N][I.H]
三宅島噴火で島民避難
25年目
2001年
平成13年
地すべり感知器のメンテナンス 年商4億、社員14名で最初のピークを迎える。
地すべり感知器設置工事, 許可業種に電気工事追加[S.Y]
小型井戸カメラの導入[I.Y]
同時多発テロ発生
26年目
2002年
平成14年
消パイの光遠方監視盤 建設設備投資の減少と技術提案力の低下で業績急降下
消融雪設備の遠方監視関連の業務開始。[I.S]
許可業種に「電気通信工事」を追加。[A.M]
サッカーワールドカップ日韓共催
27年目
2003年
平成15年
南雲 政博 代表取締役 南雲政博 代表取締役就任。
会社規模縮小し原点回帰建設コンサルタント登録抹消
社員6名。  大型井戸カメラ入れ替え。[W.S]
イラク戦争勃発
28年目
2004年
平成16年
山古志地区への観測機材の空輸 台風・梅雨末期豪雨、地震と災害多発。
土石流警報、地すべり監視急増(佐梨川,山古志,下田)。
2軸傾斜計の製造終了。
7月13日新潟県中越地方集中豪雨, 10月23日新潟県中越地震
29年目
2005年
平成17年
中岳ダムの全景 業績低下傾向続く(2001年のピーク時から半減)
新規業務への取り組むが即効性は無し
  (マンホールポンプ設備の監視、ダム計測業務など)
JR福知山線脱線事故
耐震強度偽装事件
30年目
2006年
平成18年
佐藤 朗 ジオテクサービス代表取締役社長 佐藤朗 代表取締役就任。
6月 会社設立30周年記念式典。 30周年記念誌-PDF版
携帯遠隔監視システム開始。
ライブドア事件
各地で豪雨被害
31年目
2007年
平成19年
中越沖地震の土砂崩れ現場 地盤防災データのWeb配信サービス(DoPa)開始。
測商技研北陸とWeb技術提携。
計測機器の設置工事部門強化。[K.M]
3月25日能登半島沖地震
7月16日新潟県中越沖地震
32年目
2008年
平成20年
電気検層を行う井戸掘削の櫓 創業以来初の赤字決算。9年ぶりにホームページ全面改訂
土砂砂災害のEメール通報サービス開始。
新製品開発沈下板,検層器,熱電対変換器,PT変換器etc
6月14日岩手・宮城内陸地震
9月リーマンショック
33年目
2009年
平成21年
FOMAパケットアダプターGS-1212の量産開始 ホームページ経由の問い合わせ増加。
パケットアダプタGS-1212量産、24CHロガー開発。
メンテナンス対応消雪ブロック登場
民主党政権交代、コンクリートから人へ
新型インフルエンザ
34年目
2010年
平成22年
電気検層や作井レポートが活躍する井戸掘削の櫓 削井レポートシステム取扱開始。[K.T]
地質調査系コンサルからのWebモニタリング受注拡大。
1CH警報ロガーGTR-01A開発。
記録的な猛暑、熱中症死者多数
探査機はやぶさ帰還
35年目
2011年
平成23年
Webカメラによる画像配信サービス開始。ソーラ駆動で砂防ダムの映像配信 土石流警報システム増加。Web画像配信サービス開始。
充電コントローラ販売、水管式沈下計施工。
スペースエンジニアリングとWeb技術提携。[I.S]
3月11日東日本大震災
7月28日新潟福島豪雨
36年目
2012年
平成24年
宮古島の海岸風景、水道メータの遠隔検針システム設置 水道メータの遠隔監視システム設置。[T.I]
簡易シリーズ登場雨量計,伸縮計,歪アンプ,風速計,無線機)
東京測器等の他社製品のモニタリング接続増加
ロンドン五輪で日本勢史上最多メダル,中国トップに習近平氏 
37年目
2013年
平成25年
地中熱利用井戸への多点温度検層ケーブルの挿入 成長路線に復帰。県外・グループ外受注が60%を超える。
地中熱利用の多点温度検層器開発、軽量12Vバッテリ導入
ダム関係モニタリング機器の販売・レンタル増加。[T.H]
9月埼玉県越谷市竜巻
10月伊豆大島土石流
アベノミクス、異次元緩和
38年目
2014年
平成26年
4CH電圧データロガーGTR-04G。GPS接続可能 4CHロガーGTR-04G開発。
モニタリングソフトの接続機種拡大(東測、オサシetc)
メンテナンス消雪ブロックのSPC研究会が発足。[K.H]
2月関東甲信で大雪
8月広島土石流災害
9月御嶽山噴火, 消費税8%
39年目
2015年
平成27年
防水型2軸傾斜計、低価格汎用品のGIC-30Wと高精度傾斜計GIC-10WD 2軸傾斜計GIC-30W,10WD販売開始。
建設コンサル向け防災モニタリング増加でサーバ増強。
社内事務管理体制の整備が進む。
ISイスラム過激派テロ
中東難民欧州に殺到
外国人観光客激増
40年目
2016年
平成28年
南阿蘇の斜面頂上に設置した簡易風速計のWebカメラ画像 2回目の業績ピーク。
社員8名の平均年齢が50歳に迫る
特小無線GTR-920F歪ロガーDSL-64S開発。
4月14日熊本地震
日銀マイナス金利導入
英国EU離脱決定
41年目
2017年
平成29年
レーザー積雪計とWebカメラによる積雪のモニタリング 人件費抑制策から若手人材の積極採用路線に転換。[M.B]
レーザ積雪計とWebカメラによる冬季気象観測システム。
電気検層ケーブル井戸カメラなどさく井関連堅調。[T.H]
7月九州北部豪雨
働き方改革が始まる
トランプ大統領就任
42年目
2018年
平成30年
細型圧力式水位計のスマート水位センサの販売開始 河川・井戸用のφ13mm細型スマート水位計の販売開始
西日本の土砂災害関連の防災モニタリング業務増加。
風速変換器水管沈下計地盤沈下計リニューアル[S.T]
7月西日本豪雨, 9月大型台風で関空冠水
9月北海道で深度7
43年目
2019年
令和1年
渓流河川での圧力式水位計とデータロガーの設置例 豪雨災害頻発で河川の水位計の設置業務増加。
GPS観測機器のWeb配信開始。[N.S]
1軸傾斜計GIC-45Sの32年間の販売終了。
10月の台風19号で関東〜東北に大雨被害
消費税10%
44年目
2020年
令和2年
KVSストレーナーの販売開始 4月6日機材センター開設(新潟県阿賀野市)。社員17名。
KVSストレーナの製造・販売開始[I.H][T.K]
スマート温湿度計開発, レーダ水位計試作。[H.Y]
新型コロナウイルス。東京オリンピック延期。
45年目
2021年
令和3年
ジオテクサービス機材センターの外観イメージ 今年の予定: 3月19日(金) 機材センター起工式。
9月10日(金) 機材センター竣工式。
9月22日(水) ジオテク45周年記念式典。
今後の社会情勢で日程変更の可能性もあります
46年目
2022年
令和4年
     
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社名の由来

ジオテクサービスの商号変更1988年(昭和63年)
ジオテクサービスの最初の会社案内の表紙 1988年(昭和63年)の最初の会社案内の表紙

消雪サービスの時代に比べて、営業種目や内容が大幅に増えているので当然変更が必要でした。偶々私は以前からジオ(大地とか地球の意)なる言葉に興味を持っていました。また一方で、日本の高度成長期頃から良く使われていた言葉の一つに、テクノロジー(工芸、工学、新しい産業工学技術等の意)なる語が頭の中にあったので、この二つの言葉を結び合わせればわれわれの仕事に相応しい造成語が出来ると考えました。

初めは「ジオテクノロジー」としたのですが、少々冗長気味であったので「ジオテク」と縮め、更にサービスを提供する会社の意味も加え、また前社名の精神も受け継いで「サービス」をつけて「ジオテクサービス梶vとしました。

「ジオテック」とはねたほうが今流で良くはないかとの意見も社内外にありましたが、「テック」と促音便が入るよりも「ジオテク」と音便の入らない自然のままのスムースに流れる発音の方が落ち着いて穏やかになるので「ジオテクサービス」に決めました。

ジオテクサービスの最初の2回目の会社案内の表紙 1992年頃の会社案内の表紙

また、商号(社名)に伴う商標は、ジオテクのGを図案化したもので、カラーで見ると一目瞭然ですが、Gの中にある菱型の赤色は「内に秘めたる情熱」を表すものです。

新しい商号は昭和63年6月1日付で登録し、名実共に新会社として生まれ変わりました。 (ジオテク30周年記念誌の池田朗氏の文章を引用)

⇒ドメイン名の意味

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これからも、現場で役立つ製品や便利なサービスを提供し続けます

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Text by Geots.Sato
初回掲載:2008-06-25(水)